第9回演奏会の開催に先立ち、当日配布するプログラムに掲載の解説文をご紹介します。ご来場前に是非ご一読ください。
バルトーク・ベラ(1881-1945)
弦楽のためのディヴェルティメント Sz.113 (1939)
バルトークはオーストリア=ハンガリー帝国を構成するハンガリー王国の地方都市、ナジュセントミクローシュ(現ルーマニア領)に生まれた。父は農業学校の校長、母はピアノ教師。ともに音楽を愛好した父母の影響で、バルトークも幼少からピアノを弾き、早くから作曲の才を示した。父の早逝後、ブダペスト王立音楽院に飛び級で入学したバルトークは、当初ブラームス、R.シュトラウスに傾倒したが、1歳年下のコダーイと出会い民俗音楽の研究者となってから作風を大きく変えることとなった。バルトークは後世では作曲家として有名だが、偉大なる民俗音楽(農民音楽)研究家でもあり、生涯を通じてハンガリーのみならず周辺諸国の民俗音楽の採集、記録に大きな功績を残した。
コダーイの言葉を借りれば、「ハンガリー人は、音楽の面では19世紀の末までは文盲の状態にあった」。つまり当時は音楽を記録する知識はなく、伝統的な口承文化であった。そのため民俗音楽研究家としてのバルトークとコダーイの最初の仕事は農民と接触して彼らの歌う音楽を録音して収集すること。バルトークの仕事の膨大な成果の一部は、ハンガリー科学アカデミーから《ハンガリー民謡大鑑》として出版された。バルトークは自著の中で自身の作品について、主題的素材として民謡を用いたものと、自身の主題によるものの2種類に大別されると書いているが、実際は後者のように「自身の主題によるもの」であっても、ハンガリーの農民音楽が彼の作品の土台となっていることを述べている。
本日演奏するディヴェルティメントは、1939年8月、スイスの指揮者・作曲家ザッハーの委嘱によって書かれた。翌年6月にバーゼルでザッハー指揮の旧バーゼル室内管弦楽団によって初演。ザッハーは同時代の音楽家のパトロンとしても名高く、彼に委嘱を受けた作曲家はバルトークの他、ストラヴィンスキー、オネゲル、ヒンデミット、ブーレーズ、武満徹など枚挙に暇がない。
「ディヴェルティメント」(喜遊曲)の名の通り、自由な形式の3楽章構成。編成は弦五部であるが各声部にソロが配置され、ソロ群とtuttiに分かれたコンチェルトグロッソのようなコントラストも特徴的である。
今回丸山は、指揮者でヴァイオリン奏者でもあるハンガリー人、ガボール・タカーチ=ナジ氏との共演経験を活かし、ハンガリーの伝統的な奏法やハンガリーの伝統楽器ウトガルドンを意識した奏法などを活用した音楽づくりを目指した。土臭さを感じさせるハンガリー音楽の真髄に迫る。
第1楽章 Allegro non troppo
自由なソナタ形式。調号として明示されていないがヘ長調で始まりヘ長調で終わる。主に9/8拍子と6/8拍子で構成され、時折8/8拍子を挟み、目まぐるしく拍節が入れ替わるのはハンガリーの民俗音楽の表れである。冒頭から八分音符で刻まれるリズムは決して軽快なものではなく、粗野で土臭い田舎の風景を連想させる。
この曲を読み解く上で避けられないのが「フィボナッチ数列」。詳細は割愛するが、中世に発見された、一定の法則に従った数字の並びである。この楽章は総拍数1681拍の黄金分割点ピッタリの129小節に、頂点であるfff(フォルティッシシモ)が配置されていることから、「フィボナッチ数列」を意識していたことが伺える。バルトークが自身の作曲技法について明言した記録はないが、後世の研究によって数列や黄金分割といった数学的な発想を取り入れ、現代音楽の先駆的手法を用いたことが明らかになっている。
第2楽章 Molto adagio 4/4拍子
半音階を多用し、調性が曖昧な緩徐楽章。第二次世界大戦開戦前夜の陰鬱な世情を描写している。低弦が暗く、冷たい空気を醸成し、その上にヴァイオリンとヴィオラが奏でる半音階旋律が浮かび上がる。突然の強奏が闇を切り裂き、強奏と弱奏を繰り返し、そして消え入るように曲を閉じる。
第3楽章 Allegro assai 2/4拍子
変奏曲形式。記譜上は2/4であるが実際には1小節=1拍の音楽で、複数小節を音楽的な最小単位として進行する。イントロは半音階を含む調性の曖昧な音階から、Em7の第7音をルートにした不安定な和音で進み、これが綺麗にヘ長調のカデンツに繋がる。主部は第1楽章と同じくヘ長調で始まるが、曲の最後はヘ調ではあるがフリジアン旋法で終わる。
実はこの楽章にも随所に「フィボナッチ数列」が含まれている。拍節は3拍子や5拍子、2拍子などが目まぐるしく入れ替わり、1楽章と同様ハンガリーの民俗音楽の特徴に則っているが、フレーズの長さは3, 5, 8, 13小節の組み合わせとなっている。主要主題は5つの変奏で現れ、その音程を半音幅(長二度は2,短三度は3,完全四度は5,短六度は8,増八度は13)に置き換えてみると、ここにも2,3,5,8,13のフィボナッチ数列が現れるのだ。
このように、両端楽章は西欧音楽の伝統を踏襲しつつも、ライフワークであった民俗音楽と、先駆的な現代音楽の手法が見事に結実した傑作と言えよう。